あとがき

 
 

  私がこの作品を書いた、書こうと思った最初のきっかけは「居場所が欲しい」ただそれだけでした。
 ともすれば傲慢で、子供じみた願いですが、私にはそれを渇望するだけの事情があったのです。

 当時、私は体を壊して大好きだった仕事を続けられなくなり、塞ぎ込んでいました。
 思うように動かない体、先の見えない不安、眠れない痛み、焦る気持ち……そんな毎日に心も体も疲れ果てた頃、さらに別の病気に罹りました。もう自分でも訳が分かりません。パニックです。何もかもが嫌になってしまいました。
 ベッドと毛布の間に潜り込み、石の下のダンゴムシみたいにただじっと息を潜め、痛みと吐き気に耐える日々。
 壁一枚を隔てた外の世界では、季節が巡り、鳥が囀り、子供たちの笑い声が聞こえるのに、それは遥か遠く手の届かない存在のようで――。
 
 世界の全てが嫌いになりそうでした。
 名も知らぬ人にすら、憎しみを持ってしまいそうでした。
 
 心を閉ざし、殻に籠り、小さなスマートフォンの画面をただ見つめ過ごしました。
 そんな時に辿り着いたのがE★エブリスタです。
 『文字』という『記号』を連ねたものを目で追っていると、私の頭には映像が流れました。感情が与えられました。辛い現実を少しだけ忘れました。
 それから「自分も書いてみようかな」と思うまでに、さして時間は掛かりませんでした。今思えば必然だったのかも知れません。

 現実逃避したくて、自分を肯定して欲しくて、居場所が欲しくて、暗い部屋でただひたすらに文字を打ったのです。
 馥郁堂での日々を綴っていると、不思議と気が紛れ、穏やかな気持ちになりました。
 いつの間にか馨瑠や颯太や千草が、私にとって大事な友人になり自分まで一緒に珈琲を飲んでいるような、そんな錯覚に陥りました。
 それはとても心地良い、自分を許容してくれる大切な場所。
 そこに入り浸るうちに、少しずつ心に余裕が出来ました。
 そして、気付いたのです。
 
 病院の消毒薬の匂い。
 帰り道、どこかの家の焼き魚の匂い。
 リハビリで行くプールの塩素の匂い。
 
 どんなに私が現実を拒絶しても、香りはいつだって私を抱きしめていたのだと。
 私もちゃんと世界と繋がっていたのだと。
 そろそろ前を向かなくちゃ。自然とそう思いました。
 書籍化のお話をいただいたのもその頃です。
 それはやっとの思いで自分の殻を破り、飛び立とうとしていた私とシンクロするような、そんな名前の新しいレーベル『SKYHIGH文庫』でした。
 とても嬉しかった。「翼はあるよ、飛べるよ」と言われた気がした。
 
 今、私の言葉たちは、上手く羽ばたいてあなたの手元に届いたでしょうか?
 願わくはこの作品があなたの心に寄り添い、芳醇な時間を一緒に過ごしていますように。
 
 最後に。
 力強い笑顔で私の背中を押してくれた三交社の須藤さま。
 会うと必ず褒めてくれたメディアソフトの諏訪さま。
 勝手の分からぬ私に懇切丁寧にアドバイスを下さった担当の長谷川さまを始め、編集者のみなさま。出版関係者さま。
 世界観を凝縮した、繊細で美しいイラストを描いて下さった篁ふみさま。
 私の作品を手に取り、読んで下さった読者さま。
 いつも励ましてくれた作家仲間、祝福してくれた家族、友人、私に関わるすべての人にありったけの感謝と愛を込めて。

 

端島 凛